2014年3月12日水曜日

第十六番 天昌寺

第十六番 厨川 天昌寺 (てんしょうじ) 聖観世音

現住所 盛岡市天昌寺6-16



御詠歌 地にしげり 天にさかへむ 法(のり)の道 昔鷲山(じゅせん)の ゑざにひとしく

 聖観世音は通称巌鷲観音とも称し、本堂内に安置。 木製立像丈四十六糎(cm)光背あり、厨子入台座共総高八十五糎(cm)の尊像。 伝承によりますと行基菩薩の開眼による御尊像ともいわれ、坂上田村麻呂将軍はこの観音を信奉され東夷征伐の大功をたてられ、源頼義もこの観音の加護により安倍貞任を平定出来たという。 明治二十七年(1894年)に栗谷川氏の菩提寺である天昌寺に奉納された。



 この観世音菩薩は、通称巌鷲山観音と称し、古来より霊験あらたかで、坂上田村麻呂をはじめ源頼義、源頼朝の信奉をあつめたという。
 文治五年(1189年)藤原泰衡征討にあたり、栗谷川の土人(くにびと)工藤小次郎行光の勲功が大であったので、行光に岩手郡を領地として与え、加えて巌鷲山の大宮司に任じ、御尊像を鎮護国家の守本尊として祀られた。 南部家が居城を盛岡に移した際、工藤氏は栗谷川と性を改め、その家臣となった。 南部氏もこの観世音を崇敬し、大勝寺を建立しこれを祀ったが、明治になり栗谷川家の内仏となった。 その後事情もあって工藤家より菩提寺天昌寺へ奉納された。


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・2014/07/27 写真追加 天昌寺 写真

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